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今なぜ武士道なのか その3

菅野氏の『武士道の逆襲』の主張の概略は以下のようなものです。


武士道は中世から近世にかけて、戦うことを生業とした「武士」という特殊な階級に発達した倫理規範であり、明治の武士道とは根本的に異なる。
とりわけ新渡戸稲造内村鑑三の武士道は、キリスト教倫理に武士道という名を付けただけであり、「戦闘者の倫理規範」という側面さえない(それがキリスト教武士道と軍人勅諭系武士道の違いである)。それゆえ、これらは本当の武士道とはまったく異なるものである。


菅野氏は武士道そのものに対しては非常に好意的な解釈をしており、日本の伝統思想を何でも否定しようとする「戦後教育的」な主張ではありません。

むしろ、極めて公平かつアカデミックな「武士道」分析として評価すべき本です。


それゆえ、「教育現場に武士道を」などという、私のような保守派に対しては、

「新渡戸武士道や俗流武士道が本来の武士道とまったく違うことくらい『武士道の逆襲』を読めば明らかだろう、だからアホな保守オヤジは嫌なんだよ」

という罵声がリベラルインテリから浴びせられます。


 しかし、私は菅野氏の『武士道の逆襲』を踏まえたうえで、なお、現在の学校現場に「武士道」を取り入れる必要性や価値はあると思っています。

 その理由は以下(多分、その4・その5と続きますが)のとおりです。

 まず、菅野氏は私的プロ戦闘集団の倫理規範として発達した中世武士道(ただし、この時は『武士道』という言葉そのものはありません)と、事実上の公吏となった江戸時代の士道について、両者の違いを認識しながらも同じ範疇と考えます。

 これは菅野氏が「武士道」を武士階級固有の倫理規範であると捉えているからだと推測します。

 確かに、中世の私的戦闘集団である「もののふ」が、戦国時代を経て、江戸の「武士」になったことは(かなりの人の出入りがあったにせよ)概ね了承できますから、両者を同じ階級と考えるべきでしょう。


 しかし、中世武士道が戦場のリアリズム(例:ウソをつくなという倫理は戦場でのウソが命とりになるから)と土地所有者のエゴイズム(例:争いが起きた際には躊躇なく優勢な方に味方する)が融合した倫理規範であるのに対し、近世武士道は平時の儒教道徳です。
 ですから、中世武士道と近世武士道の内容的隔たりの方が、近世武士道(儒教武士道)と明治のキリスト教武士道の内容的隔たりよりも、はるかに大きいと言えます(前者の隔たりについては菅野氏も認めています)。


 また、中世武士道が武士階級固有の倫理規範であるという菅野氏の主張には全面的に賛成しますが、近世武士道も同様だと私(森口)は考えません。

 戦う必要がなくなり事実上の公吏となった武士が、リアリズムとエゴイズムだけで動いていたのでは、世の中は極めて不道徳なものになってしまいます(現在の中国がそうだと言ったら理解しやすいでしょうか)。

 そこで、彼ら武士階級に対し、リアリズムやエゴイズムを超えた倫理規範が必要になります(例:反リアリズム=武士は食わねど高楊枝、反エゴイズム=義を見てせざるは勇無きなり)。


 そのような倫理規範の転換を最初に試みたのは朱子学でしょう。江戸幕府朱子学幕藩体制における武士の倫理規範に採用します。

 しかし、歴史は山鹿素行という、もう一つの複線を引きます。

 朱子学の大家=林羅山の弟子でありながら、山鹿素行はその座学ぶりを批判して、赤穂藩に流罪になります。

 ところが、山鹿素行の薫陶を受けた(江戸のインテリは流罪になっても重宝がられるのです)赤穂藩が、藩主の江戸城における狼藉により取り潰され、元藩士が吉良邸を襲撃します(忠臣蔵ですね)。


 この事件を知った庶民は、赤穂浪士たちを「武士の鑑」と誉めそやしました。ここに官製倫理規範としての朱子学士道とは別の「俗流倫理規範=忠臣蔵武士道(森口命名)」が誕生します。

 ※討ち入りは1702年ですが、事件の翌年には曽根崎兄弟のあだ討ちに設定を変えて上演されており、その後忠臣蔵は江戸時代を通じて浄瑠璃や歌舞伎の人気演題でした。


 さらに、この忠臣蔵武士道と機を一にして、石田梅岩(1685−1744)という学者が町人の倫理規範を確立します。梅岩は男性しか弟子を持ちませんでしたが、彼の講義聞きたさに隣の部屋で女性が耳をそばだてていたそうです。

 忠臣蔵の圧倒的人気と石田心学の隆盛。
 江戸時代は日本史上初めて庶民が為政者と自身の双方に「倫理規範」を求めた時代です。


 確かに、町人には士道は求められませんでした。しかし、忠臣蔵を見て忠臣蔵武士道に町人が感化されない訳がありません。
 忠臣蔵と石田心学を両輪として、武士階級の倫理規範は変貌しつつも、日本人全体の規範の根底を創造した、というのが私(森口)の解釈です。


 このように、もともと特定階級の倫理規範だったものが、国民的倫理規範に変貌する例は他国にもあります。


 例えば、「ジェントリ」はイギリスの下級地主階級ですが、彼らジェントリの倫理規範(ジェントルマン=紳士たれ)は、イギリス人の国民道徳となっています。

 ※ 本当かウソか知りませんが、「紳士たれ」は、読売巨人軍の規範にもなっているそうです。


                                 続きは次回へ