和田秀樹氏の書評

私は、現役の物書きの中で最も有能かつ勇気のある人物は「和田秀樹氏」だと思っている。

 ※ 彼が有能であることは万人の認めるところであろう。

   しかし、私は彼の勇気に、より多大な敬意を抱いている。
   氏の政治界・警察・パチンコ屋の癒着を巡る批判は、
   「自分にこれを書く勇気はない」
   と思った一度きりの経験である。

   私は紙媒体にものを書くときは、「これで死んでも本望」くらいの気持ちで書いている。

   しかし、その時の氏は、家族・親類縁者にまで危害が及ぶリスクを犯して書いていたのである。  

   脱帽!
 
その氏がエコノミストにこんな書評を掲載してくれた。

久しぶりに小躍りするほど嬉しかった。

また、氏には別件でも非常にお世話になった。

その話は9月頃にオープンにできればと思っている。


(以下本文)

題:いじめを本気で解決したいなら

安倍晋三首相は、北朝鮮問題や憲法改正問題のほかの売り物としては、教育を挙げたい人のようである。

そして、教育再生会議なるものを創生し、教育3法を改正するなど、確かに「変えて」はいる。

ただ、この教育再生会議にしても、本来は学力低下を主なテーマにするはずだったのに、いじめがマスコミのメーンテーマになると、いじめ問題を討議するような場に変容してしまった。

それはさておき、多少は教育にかかわる立場からも、いじめの実態把握をしないままに、勝手な対策が独り歩きする現状は目を覆いたいほどだ。「もう少し、調査や実態把握をしてから」と言える委員が1人もいないことが、この再生会議の最大の弱点だと私は考えている。

そんななか、多くのニュースソースから丹念に集めたいじめ情報や、自身の聞き取り調査をもとにし、また学者のいじめ研究のなかで妥当なものを適用するという「まっとうな」テキストが出た。私の信頼する教育評論家・森口朗氏による『いじめの構造』(新潮新書、714円)である。

この本がもっとも優れている点は、いじめをワンパターンなものとして理解するのでなく(今時のいじめ論や逆に自分の教師時代の体験ですべてを語ろうとする教育再生会議の元メンバーのように)、多種多様であるということを前提としている点だ。いじめを本気で解決したいのなら、多様であることを認め、それを上手にカテゴリー化することから対策が始まるのは当然のことだ。

それ以上に、私の関心を引いたのは、スクールカーストなるものを紹介してくれたことだ(再生会議の誰がこの言葉を使っただろうか?)。要するに、クラスのなかがランク分けされ、それがカーストのごとく、変動が起きにくいという現象を指す。その基準は学力の序列や、腕っ節の序列ではない。人気だという(イケメン・フツメン・キモメンに分けられるそうな)。いじめられるということは、自分がスクールカーストの下位にいることを認めることになるので、生徒はいじめられていることを認めようとしないという病理の分析も見事だ。

今の子供が「なんで仲間はずれ程度で自殺するのか」に妥当な解答を与えてくれるし、精神分析の自己愛理論にもかなった名解説である。【和田英樹 精神科医