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「授業技術の継承」の限界

先日紹介した後藤和智氏は、書評の最後で「個人的見解」としながら、藤原氏TOSSを持ち上げていることを減点だという見解を披露されています。

思うに、この批判は2つの大きな問題を示しています。

一つ目は、藤原氏が「国家の品格」で新渡戸武士道を絶賛している、にも関わらず森口が評価するのはいかがなものか、という見解の表明であると思われます。

これは、リベラルな方々の共通する見解と了解しておくべきでしょう。

(バカな左翼じゃないよ。左翼は「武士道を教えるだと、戦前に逆戻りだ!軍国主義だ!」と叫びますが、そんな阿呆はあと5年で学校から、ほとんどいなくなります)

リベラルインテリ達は、そうではなく新渡戸武士道の虚構性を批判します。
(それに対する反論は、私のブログ「今なぜ武士道か(1)〜(5)」で行ったので参照願います)。


二つ目のTOSSの批判は、より本質的な問題を含んでいます。

おそらく後藤氏はTOSSが以前に推進していた「水は何でも知っている」を使った道徳授業やEM菌を使った環境教育を批判的に見ており、それにも関わらず森口が評価するのは減点だと指摘しているのだと思います(斉藤貴男氏などはTOSSの授業をカルト授業と明言したうえで批判しています)。

実は私も「非科学的な題材」を授業に使うTOSSの姿勢には批判的です。

しかし、TOSSを擁護するわけではありませんが、「科学的思考」の育成という意味では、現在の学校は誰もが極めてお粗末な状態にあります。

うそだと思うならば、近くにいる教員に「『科学的思考』とはどういう思考方法ですか」と尋ねてみてください。

※理科教諭以外のほとんどの教員は答えられないでしょう。


社会科教諭には、極めて非科学的な「科学的社会主義マルキシズム」の話を延々するという、トンチンカンな希少生物が生息しているかもしれません。

カルト授業を提唱する「シュタイナー思想」を総合学習に導入しようとする勢力まであります(そのトンデモ度はTOSSの比ではありません)。


確かに、科学的思考の育成は21世紀の学校にとって極めて大きな課題です。
(それが成功した暁には、おバカなテレビ番組の多くは姿を消すはずです)


でも、現実は教員育成からやり直すべき難問でもあるのです。


そんな中、TOSSだけを「非科学的」と非難するのは少しかわいそうな気がします。
というわけで、私はTOSSの「技術の継承」部分だけをいつも評価しているのですが…


ただ、TOSSの場合、組織目的が「授業技術の継承」にありますから、「科学的思考」の育成という本質目的からますます遠ざかる(例えば、道徳の授業なら、児童に道徳心さえ養われるなら非科学的な話もアリ、という姿勢に流されやすい)とい問題はあるかもしれません。


ということで、後藤氏がさりげなく「個人的」と断った上での批判にはとても重みがあるのです。


まさに「後世畏るべし」というべきでしょう(何せ後藤氏は20代の現役大学院生ですから)。


※優秀なる理科教諭の予想される回答例:
「一般に科学的思考と言われるものには『帰納法』と『演繹法』と言われる思考方法がありますが、どちらもそれだけでは科学的とはいえません。そこで現在、自然科学の世界でとられているオーソドックスな思考スタイルは『仮説演繹法』と呼ばれるものです。これは、事象の観察、事象からの帰納、直感などから仮説Aを立て、その仮説から演繹された結果Bを実験的に検証し、それができたときに一応その仮説Aを真であると考える思考スタイルです。その際注意すべきは、検証は本質的に暫定的推論にすぎないということです。また、反証には演繹における対偶を使用します」

誤りや、もっと頭良さげな説明があったら教えてください。
何せ、森口は本質的に文系人間ですから…