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吉兆はこれからが正念場である

船場吉兆は大方の予想どおり廃業した。しかし、吉兆の危機はこれからが正念場である。

教育問題と直接関係ないのだが「吉兆問題」が気になって仕方がない。

多分「大阪のすし屋の息子」の血が騒ぐのだろう。
大阪の料理人にとって、吉兆の創始者である湯木貞一は存命中から伝説の人物であった。

私の父が生きていたときに一度だけ
「お前がすし屋を継ぐつもりなら、湯木さんにお願いして『吉兆』で修行をさせてやる」
といわれたことがあった。

本当に父と湯木氏が知り合いであったかどうかは定かではないが、少なくとも「知り合い」だというだけで料理人にとってはこの上ない自慢となる人物だったようだ。

しかし、今になって思えば、湯木氏の「吉兆商法」は、江戸・明治の記憶とともに滅びるはずであった「料亭」の延命治療をしただけのような気がする。

鯛めし屋のオヤジに過ぎなかった湯木貞一氏が考案した吉兆商法とは、以下のようなものである

1 日本料理に茶の心を取り入れた 
 (これはメディアでもよく紹介されているところである)
2 名門企業(とりわけ関西系企業)の幹部と懇意にし、そこからの口コミでしか客をと らないというスタイルをとった。
 (これは京都あたりの老舗料亭も同じである)
3 高い金をとること自体に価値をおいた
 (これこそが湯木氏の最も画期的な点である。湯木氏はその理由を『料理人に緊張感が生まれる』と説明していたがそんなことだけが理由ではない)


この1・2・3の吉兆商法は、吉兆を「接待用トップブランド」に押し上げた。

戦後日本の財界幹部の多くは所詮出世したサラリーマンに過ぎない。
出世したからといって、例えば千家宗家が主宰する本当の茶懐石に呼ばれて心地よいとは限らない。
でも、茶懐石的ムード漂う料理屋での接待ならば、安心して(かつ偉くなったことを実感しつつ)酒が飲めるのである。

しかも、「一見さんお断り」で「超高価」となれば、接待されたい店ナンバーワンになるのも当然である。

住友銀行頭取の○○さんや関西電力社長の△△さんもご贔屓にしているらしい」店で、接待される。
一人単価はざっくり10万円(現在の価格で)。
昭和の時代の「銀座のクラブ」+「抱かせる」ことを思えば、決して高い接待ではない。


だが「高価すぎる接待」という「堂々たる汚職」は、平成の世ではすっかり下火になった。

ユーロッパのように階級社会の歴史もなければ、アメリカほど富裕層の厚みもない日本で、一人10万円を自腹で食べる人間はそうそう存在しない。

もう湯木氏の吉兆商法が通用する時代ではないのだ。


このことを最もわかっているのは、京都吉兆総料理長 徳岡邦夫氏(湯木氏の孫)だろう。

意外かも知れないが、京都吉兆は明らかに「自腹で食べる人」へと舵を切ろうとしてる。

メディアにたびたび登場して、料亭の敷居を下げることに腐心している。
下げるのは意識だけではない。
値段も、真っ当な値段へとシフトしている。
吉兆松花堂店の昼の松花堂弁当は3500円(+税金)である。
安いとは言わないが、決して「吉兆値段」ではない。


今のところ吉兆は、船場吉兆を切り捨てて生き残りを図るつもりのようであるが、

私としては、「吉兆」という「のれん」全体が「残飯問題」とともに(ついでに中曽根やナベツネを始めとした政財界に巣食う昭和の妖怪たちを道連れに)滅べばよいと思っている。


そして、「京都吉兆」だけがまともな料理屋として、のれんも「吉兆」から「京都吉兆」に変えて再起してくれればと願っている。