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それでも左翼は岩波から本を出すのか(その2)

岩波書店がコネのない者に門を閉ざしたことについては、多くの人が論評している。

その中で数少ないながら、岩波を庇う論調があるが、どれも説得力を欠くものばかりだ。

曰く
「コネ入社などどこでもやっている。むしろそれを明確にしたのだから良いのでは」
「中小企業がコネ入社に絞るのは当然。問題にする方がおかしい」
「民間企業がどんな採用方法をとろうが勝手だ」
「コネも実力のうち、コネが無いなら学生時代にコネを造る活動をすれば良い」
「出版社の価値はどんな本を作るか。岩波は良い本を造っている」等々である。

民間企業がどんな採用をしようともちろん勝手である。
さらに言うなら、どんな採用枠を設けるのも企業の勝手だ。

しかし、格差社会を攻撃してきた人達の多くは、
正規従業員の採用を一定レベル以上の大学卒業者に限定する企業
正規従業員枠を絞り仕事の多くを非正規従業員にさせている企業
非正規従業員に正規従業員よりもはるかに安い賃金しか出していない企業
そして不況になると非正規従業員で雇用調整する企業
を批判してきたのではないか(もちろん政府の再分配機能不全についても批判してきたが)。

その情報の発信元の牙城である岩波書店が、コネという学歴よりもはるかに獲得しずらい、そして最初から持っている者は何の努力なしに強力に有している「資本」によって採用差別をしていることを、格差社会を攻撃してきた人たちはどう考えるのかが問われるべきだ。

もちろん、優秀で行動力のある学生ならば岩波書店に著作を有する人とコネクションを造ることは可能だろう。
しかし、その理屈は
「一流大学の卒業生は実力があるから学歴差別は当然」
「優秀な人間は正規雇用される。最初は非正規でも企業は放っておかない。いつまでも非正規なのは自己責任」
という言動と同種であり、これは格差社会を擁護する側の論だったはずだ。

良い本を造っていることもアリバイにはならない。なぜなら本(とりわけノンフィクション)の核心は主張であり、今回の問題は、岩波が自らの主張と真逆の行動を取ろうとしている点にあるからだ。
(部落解放系の出版社が採用段階で部落差別をしておいて、本の内容が良いことがアリバイにならないのと同じである)

左翼系言論人がこの問題にどう答えるかを注視していきたい。
(情報があったら教えてください)