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発達障害を巡る「疑似科学」問題の続き

 大阪維新の会市議団の条例案がきっかけになって発達障害を巡る議論が盛んです。

 例によっていわゆる左派が批判して、右派が擁護するという構造になるかと思いきや、今のところ私以外あまり擁護している人がいないようなの(トップの橋下市長さえ弱気発言?)で、少し議論を整理しておきましょう。


 まず、発達障害に環境要因が影響するか否かについては、影響するというのが圧倒的多数説でしょう。但し、多くの研究者は遺伝的要因により病状が発現することは認めますが環境要因による悪化を二次障害と呼びます。
 研究者は「人権侵害」などとレッテルを貼られて部外者が乱入するのを嫌うので、「予防」としてこう呼ぶことは理解できます。しかし、この考え方には決定的な無理があります。

 発達障害とはそもそも一つの病名ではありません。
 「発達障害とは、自閉症アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害学習障害注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」(発達障害者支援法)を指す法律上の用語なのです。

 そして、おのおのの病気にはそれぞれの診断基準があります。

 問題はその診断基準ですが、これら一連の病気の診断基準は大抵が行動特性によって判断されるのです。例えば注意欠陥多動性障害の診断基準では
a.学業、仕事、その他の活動において、綿密に注意することができない、または不注意な過ちをおかす
b.課題または遊びの活動で注意を持続することが困難である
c.直接話しかけられた時に聞いていないようにみえる
d.指示に従えず、学業や職場での義務をやり遂げることができない(反抗的な行動または指示を理解できないためではなく)
e.課題や活動を順序だてることが困難である
f.(学業や宿題のような)精神的努力の持続を要する課題に従事することを避ける、嫌う、またはいやいや行う
g.課題や活動に必要な物(例えばおもちゃ、学校の宿題、鉛筆、道具など)を紛失する
h.外部からの刺激によって容易に注意をそらされる
i.毎日の日課を忘れてしまう
 これら9項目のうち6項目以上が6ヶ月以上続いており、かつその状態が不適応的で、発達の水準に届いていなければ医師から注意欠陥多動性障害という診断が下されます。


 圧倒的多数の研究者が環境要因による「二次障害」を認めるということは環境要因による、症状の悪化や改善があると考えているわけです。
 だとすれば、遺伝的要因で上記のうち3項目はどうしても克服できなかったが、周りの人達と本人の努力によってそれ以外は克服できたとすれば、明らかに教育(的治療)によって「予防」「防止」「症状改善」できたと考えるべきです。


 わが子が発達障害と評価され、その要因に環境要因があったとすれば親としていたたまれない気持ちになるのはよく理解できます。しかし、発達障害と診断された本人からすれば、遺伝的要因だけが要因といわれればお先真っ暗になるかもしれません(少なくとも遺伝要因だけと考える方が「優生学」的です)。そもそも、この手の問題について患者サイドの気持ちを考慮して事実を捻じ曲げるようなことをしてはいけないのです。



 発達障害の中には自閉症アスペルガー症候群のように遺伝的要因が主因と考えられるものもあれば、注意欠陥多動性疾患のように遺伝的要因に加えて環境的要因も寄与していると推測できるものもある。しかし、どちらにおいても良好な教育によって二次障害を防止できる。
 これが現段階での(過度に人権に配慮しない)公平な見解だと思います。


「家庭教育支援条例案」批判に言いたいことは山のようにありますが、今日はこのへんで。