J−castニュースさんから大津市のいじめ自殺問題について留守の間にメールで質問が入っていたのだけれど、深夜に帰宅したら回答期限を過ぎていました。
質問を考えたのはJ-castさんなので、あちら様の了解を得て私のブログに掲載します。
Q1 なぜ、教師は見て見ぬふりをしたのか。なぜ、そのようなことができるのでしょうか。
A1 中学校になると教師もスクールカーストに組み込まれており、しかもその頂点にいるとは限りません。
ですから、加害者のスクールカーストの方が教師よりも高い場合には、見てみぬふりをしなければ、教師に対するいじめ(クラス全員による授業無視等)が起きる可能性があるからです。
※ 教師もスクールカーストに組み込まれているというご指摘は、北海道で教師の授業力向上に尽力している堀裕嗣氏から、以前に頂いたものです。
Q2 たとえば、このようなことが学校の上司(校長など)に知られたり、あるいは教育委員会に知られたりすることで、その教師に「マイナス点」がつけられたりするものなのでしょうか。
マイナスを恐れて、「事なかれ主義」になっているのでしょうか。
A2 学級崩壊が起きた場合は誰の目にも明らかなのでマイナス点を付けれる可能性は高いですが、クラスにいじめがあっても発覚しなければマイナス点は付けられません。
したがって、「いじめのある平穏なクラス」は「いじめのない荒れたクラス」よりも「事なかれ主義」の教師にとって良いということになります。
Q3 こうした問題は教師自身にあるのでしょうか。それとも教育委員会、あるいはいまの学校教育にあるのでしょうか。
A3 基本的には学校教育にありますが、それを許しているのは教育委員会、というよりも教育委員会事務局の役人達(会見に出てきたり、委員が会見したとしても原稿を書いている人達)です。
ただし、立派な教師は他の公務員と異なり、一人でも「いじめ」に立ち向かえます。
その時は、「加害者の人権」側につく者たちと一人で戦う覚悟がいります。
※ 加害者本人、加害者の保護者、教育委員会事務局までは、今回もそうですが通常「加害者の人権」側に立ちます。場合によっては校長もそうです。
Q4 かつて、「お葬式ごっこ」といったイジメが問題になったことがありました。今回の問題となにか違いはありますか。それとも学校・教育は何も変わっていないのでしょうか。
A4 何も変わっていません。
学校を正常化するためには、教育委員会制度を抜本的に改める必要があります。
例によって尾木直樹氏は、「評価をするからいけない」といった筋違いのコメントを出して、教育改革を邪魔しようとしておりましたが、客観評価をする前から学校には独特の「いじめ隠蔽体質」がありました。
これを改める最良の方法は、校長と教育委員会幹部に世間の血(知、智?)を入れることだと思っています。