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善意は悪意より恐ろしいかも

シロクマさんの「人の心を悪に染めてゆくネットuse」という記事についての感想。


シロクマさんとは一度お会いしたことがあるのですが、非常に好感の持てる青年で、さぞや患者さんから信頼されている精神科医だろうという印象を受けました。


で、彼も本職もお忙しいだろうに、以前は真面目にコメント欄に対応していて、結構やっかいないざこざに巻き込まれていたようです(今はコメント欄を閉じているようですが)。

なので、シロクマさんが「ネットに悪意が渦巻いている」と感じることや、精神科医としてそのような悪意に満ちた行為を繰り返していると本人が悪意に飲み込まれてしまうと危惧するのはよく理解できますし、実際「この人のコメントは悪意以外の何ものでもないよな」と感じることは私もあります。


しかし、恐らくブロガーにコメント欄で罵詈雑言をぶつけてくる人も、大多数の方々は行為そのものは「善意」でやっているのだと私は思っています。


原発反対のデモをしている方が野田総理に対する罵詈雑言を「悪意」ではなく「善意」から発しているのと同じ精神構造です(もちろん、私もシロクマさんも権力者でも何でもない訳で、そんな見ず知らずの人から「善意」の罵詈雑言をぶつけられても困惑するのですが、しかし、それは発言するものの宿命でありましょう)。



そして、その行為が「善意」であるがゆえに歯止めが効かず、彼らは自分自身の呪詛の言葉に飲み込まれてゆくのではないでしょうか。

この病理現象に対する私の提案は

「賛同は実名でも匿名でもOK、でも批判は実名で堂々と」

「やむえず匿名で批判する時は、せめて言葉使いを丁寧に」

というネットルールを確立するというものですが、難しいのでしょうか。

※ ブロゴスは最近とても言葉使いが丁寧になったようですね。
 事務局の皆様のご努力に敬意を表します。