大阪が背負った十字架

橋下徹氏に対する信じられないようなネガティブキャンペーンが行われている。


週刊新潮や週間文春による「親が暴力団」「被差別部落出身」キャンペーンである。

本ブログの読者ならば、私が部落解放同盟の運動方針に対して否定的な評価をしていることはご存知と思うが、それは彼らの部落差別解消のための方法論が間違っているからであって、部落差別自体が許されざるものであることは当然である。

(私は、部落優遇もまた差別である、少なくとも差別の温床であると言いたいだけだ。)

で、新潮・文春の記事だが、
投票日まで、あと1月もない状況で有力候補者の出自をこのような形でオープンにするのは、
「部落差別」以外のなにものでもないと私は思う。

もちろん、ズバリ書いてはいないが、「アイツは部落出身者だぜ、そんな奴が知事や市長でいいのか」という主張が、言外にあると受け取られても仕方無い。


だから、この記事に怒りを感じるのだが、一方で、この時期にこの記事を書く「面白さ」も否定できない。


部落問題を多少なりともかじっている方なら誰でも御存知のように、戦後「部落差別解消」は左翼の専売特許であった(戦前・戦中は違う)。
ところが橋下氏の政治スタンスは明らかに「右」である、そして新潮・文春も代表的な右メディアだ。


さて、橋下氏に対する「部落」ネガティブキャンペーンに対して、各メディア(とりわけ左派メディア)はどういうスタンスを取るのか。
朝日や毎日の「反差別」が本物か左翼特有のご都合主義なのか、とくと見せてもらおう。


橋下氏自身がツイッターで新潮・文春の指摘事実を一部認めてしまったから、「差別」とどう向き合うのかという課題・十字架を「大阪人」は背負うことになった。

11月27日の選挙結果がますます見逃せない。