疑似科学問題(僭越ながら殿軍を)

 教育で発達障害を予防、防止できるかという問題について、肯定する見解も否定する見解もありますが、肯定する見解が直ちに「疑似科学」ではないという点は、少なくとも当ブログを読んでくれた方々には理解していただけたようです。


 しつこいようですが、これを否定する見解の疑問点を提示しておきたいと思います(発達障害全体を論じると論点が拡散するのでADHDに絞ります)。


1 昨日のブログで記したようにADHD注意欠陥多動性障害)の診断は行動観察により下される。
 ※記したのはDSM−4の診断基準の一部です。

2 ADHDの治療には、薬物療法だけでなく認知行動療法も併用されている。

3 認知行動療法の有用性報告は多数ある。

 以上の3点は紛れもない事実です。
 これらを前提に常識的に考えれば、

ADHDと診断される前に認知行動療法の知見に基づいた適切な療育を施せば、ADHDの遺伝子要因を持つ子どの行動が改善され、ADHDの診断を免れることがある」

と推測できないはずがないのですがいかがでしょう。


 そして、これは通常の言葉で言うならば
「教育によってADHDの予防、防止ができる」
となるはずです。


 ちなみにその教育が「伝統的教育」か否かの論点は私は言及していません。ですからそこが問題という方はそれで良いのです。私が問題としているのは「教育によってADHDの予防、防止ができる」という見解を疑似科学と切って捨てる勢力です。


 もちろん医学研究の世界は我々常識人の理解を超える場合が多々ありますから
1 実は薬物療法だけが有効で認知行動療法には効果がない。
2 医師の施す認知行動療法は効果があるが、認知行動療法の知見を基礎とした素人の教育には効果がない
3 認知行動療法は有用で9個の異常行動を6個には減らせるが、6個の異常行動を5個に減らすことはできない。
等々の驚くべき事実があるならば、教育に予防、防止の効果がなくても最初に記した3つは成立します。

 しかし、どちらが疑似科学っぽいかというと私には「教育では一切、予防、防止ができない」と考える方がはるかに疑似科学の臭いがするのですがね。


 そして、困ったことにこの疑似科学を叫ぶのは、決まって精神疾患患者の親達の団体です。メディアも政治家も彼ら「聖なる弱者」の主張に逆らう勇気はありません。さすがの維新の会もあっさりと謝罪してしまいました。



 政治的問題として、ここで引くことに反対するつもりはありませんが、
「教育によって発達障害が予防、防止できる」という考え方に疑似科学のイメージを植えつけられたことは、最終的には遺伝子要因のある子どもやその親にとって大きな被害になるでしょう。


 健全な育成を願う人々の(時期を見た)巻き返しに期待します。

 そして、真っ当な医学研究がこのような擬似「擬似科学論争」に巻き込まれないことを祈念します。


※何人かの方からご指摘がありましたが、遺伝子要因と遺伝的要因を混用していました。ご指摘ありがとうございました。