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時代の空気は「自民嫌いの安倍ちゃん好き」

 時代の空気を一言で表すならば、「自民嫌いの安倍ちゃん好き」だろう。

 

 小泉元総理の時もそうだった。それゆえ、小泉総理が退場して以降、自民党は坂道を転がるように国民の支持を失い、民主党政権という悪夢が生まれたのである。

 

 このたびの都知事選挙の結果を見て、同様の空気感が感じたのは私だけではないはずだ。今の自民党の高い支持率は「安倍自民党」の支持率なのであって、総裁が変わればどうなるかは全く分からない(私は最低でもオリンピックまで安倍総裁の任期を延長すべきと考えるが、それでもいつかは安倍氏が総裁を辞める日は来るのである)。

 

 そこで、安倍総裁(あるいは安倍夫婦?)の個人人気が無くなった時の自民党が如何に脆弱かを考えてみたい。

 

 自民党の大勝に終わった2016年の参議院選挙だが、比例代表における自民党の得票率は35.88%に過ぎない。これに民進党20.92%、公明党13.56%、日本共産党10.76%、おおさか維新9.24%と続く。政界における圧倒的な強さと比較すると驚くほど得票率は低いのだ。

 

 次に、その支持者のうちどれくらいが、共産党公明党のコア信者のように、党の支持どおり投票するかを考えてみよう。今回の都知事選挙において、自民党支持者の最多投票先は小池氏の52.3%だった。増田氏に投票したのは、わずかに39.8%である。

 

 さらにそもそも投票をしない層が、我が国には4割前後いる

 

 これらを考え合わせるとある程度強固な自民党支持者は、

 0.547(参議院投票率)×0.3588(自民党得票率)×0.398(自民党支持者中の増田投票率)=0.0781 と7.81%にまで減少する。

※ 東京都の自民党投票率は34.40%だったが全国を使用


 話はここで終わらない。増田氏の出自は「東大法学部卒」「元霞が関キャリア」である。この二つのタイトルを有する人が為政者であるべきと考える「エリート信者」は高齢者の中にはまだまだ少なくない。だから、増田票が全て自民党のコアな支持者ととるのは早計だ。

 さらに、自民党には普段から住民との付き合いを欠かさない市区町村の議員が集める「ドブ板票」が多い。これは「自民党だから」ではなく、「○○さんだから」で動く票であり、大阪のように自民党を割って別の党(現:おおさか維新)ができれば、その議員の所属とともに動く。

 増田氏の獲得票の中で「東大・霞が関信者票」「ドブ板票」「自民コア支持者票」の配分を推計するのは困難だが、仮に均等割と考えれば、国民の中で心から自民党を支持している層は7.81%の3分の1、わずか2.6%しかいない計算になる。

 信じられない人は、是非周りの人に聞いてみてほしい(政治の話をするのは色々難しいでしょうが)。「今回は自民党に入れた」という人はいつの選挙の時も多い。しかし、「私はいつも自民党に入れる」という人が如何に少ないかを知るだろう。

昭和の時代にいたような、ゴリゴリの自民党支持者など、もう天然記念物なのである。

 

 だからこそ、安倍総理は常に自身の信念と世の中の空気の双方に目を配りながら、政権運営を行っているのだろう。
 「国益」や「日本人の誇り」「先人の名誉」という面で、私も不愉快に思う事は多々あるが、その政権運営手腕は見事というしかない。

 今回の新都知事小池氏との和解も私は大いに支持したい。そして、誰の判断かはわからないが都連幹部の総退任も。

みんな本当は自民党なんて大嫌いなんだ

 日本人のほとんどは自民党の事が大嫌いなんだと思う。でも、実際に圧倒的な国会議員がいるじゃないかって?

 確かにそうだ。

 でもね、自民党に票を入れる人は、共産党公明党民進党に票を入れる人とは全然違う。共産党公明党に入れる人は、その政党が大好きなんです。だから、他の人にも「今度の選挙は○○党に入れてくださいね」なんて平気で言える。民進党に入れる人は、そこまで大好きって訳じゃないけど、まぁ民進党が世の中を多少は良くしてくれる、少なくとも自分の得にはなってくれると信じている。官公労の人とかね。

 だけど自民党に入れる人はそうじゃない。例えば、自分は中道だと思っている人。ひょっとしたら日本で一番沢山いるはずだけど、今、政治的に中道って言われている政党は公明党しかない。そうすると、自分は中道だけど、宗教政党はや好きじゃないと思う人は自民党しか入れるところがないんです。ちょっと前なら民進党に入れていたような人も、彼らが左翼政党丸出しになってしまったから、今は自民党という選択肢しかない。

 

 あるいは、もっと規制を減らして自由な社会を造ろうと思っている人。ちょっと前なら「みんなの党」に入れていたような人。でも「みんなの党」はなくなってしまった。あえて言うなら「おおさか維新」でしょうけど、やっぱり大阪人以外だと、あの党にアレルギーを感じる人は多いと思う。

 

 あるいは、もっと国益をちゃんと主張して欲しいと思っている人。「日本のこころを大切にする党」はあるけど、小さすぎて政権に入れないのだから、現実には中々国益を追求できない。思いは「こころ」と一緒でも、そこには入れない人、自分の選挙区に候補者がいない人など一杯いると思う。

 

 で、そんな人達の苦渋の選択が自民党なのです。

 

 そりゃ確かに昔はいましたよ。選挙と言えば自民党に入れるものだと脊髄反射するような人。でも、そんな人はもうとっくに鬼籍に入っています。

 

 小泉元総理は「自民党をぶっ潰す」と言って選挙に圧勝しました。このたび参議院選挙に当選された青山繁晴氏も「本当は自民党が一番きらい」と言って選挙戦を戦いました。小池氏だって、みんなが嫌いな自民党にいじめられているという構図を造れたから都知事選を圧勝したのでしょう。

 

 でも、嫌われながらも「やっぱり自民党がマシ」という安心感があったのも事実です。

 ところがどうでしょう。このたびの都議会自民党のどこまでも醜い姿は。

 石原会長は「党本部マター」と言って入院中の谷垣幹事長に責任を押し付ける。その父親は相変わらずの暴言を吐く。ドンと称される内田幹事長は表に出てこない。新知事には挨拶もできない(もう二度と東京都内で自民党は道徳を語るなよ)。

 

 有権者はダメな政治家をいつでも見捨てます。有権者は「自民党の代わりになるかも」と思えば、いつでも他の政党に票を入れます。
 どうか、多くの国民に嫌われている事を忘れず、これ以上の醜態をさらすことのないよう、心からお願い申し上げます。

内田支配の象徴、千代田特例の廃止を

 今回の都知事選挙の隠れたテーマは、ドン支配からの脱却だったと思う。だが、「東京都庁自民党都連の幹事長である内田都議というドンによって支配されている」と聞いても都議会や都庁周辺の人以外はピンと来ないだろう。

 小池氏サイドとしては、「オリンピック予算の見える化」や「都庁の見える化」も大切だが、何よりも「都庁を支配するドン=敵の見える化」が不可欠である。そのために、避けて通るべきでないのが「千代田区特例の廃止」だ。

 公職選挙法は、都道府県の議員の各選挙区の定数について、基本的に人口と比例関係にあることを目指しており、一つの自治体が定数を割り当てるには人口が少なすぎる場合は隣接自治体と合同の選挙区にするよう求めている。
 例えば、東京都では多摩地域や島しょ地域などは複数の自治体がまとまって、一つの選挙区になっている。

ところが、千代田区だけが定数1を持つには圧倒的に人口が少ないにも関わらず、「千代田特例」として定数1を確保しているのだ。それが如何にアンフェアであるかは、23区内最大人口90万人を誇る世田谷区の定数が8であるのに対し、5万そこそこしかない千代田区が港区や中央区と一緒になることなく定数1が割り振られていると言えば、誰にでも分かるはずだ。

 野党は長年、千代田特例の廃止を主張し、他の区と合同にして定数を割り振るよう主張してきたが、自民党公明党に阻まれて実現できなかった。

なぜか? 自民党のドンこと内田氏が千代田区選出だからだ。

 人口に比例した公平な議員定数の配分は、民主主義を重んじるならば与野党問わず求めるはずである。ところが、千代田区だけが合区を免れ、のうのうと定数を確保しているのである。

 幸い、来年2017年には都議会議員選挙がある。野党に動いてもらっても良いが、できれば知事サイドからの提案が良い。世間の目が都政に向いている間に、この喧嘩を小池氏サイドから内田氏に対して仕掛けるのはいかがだろう。

 都知事はいつも世間の注目の的だが、いち都議会議員である内田氏が世間の注目を浴びる事は少ない。その注目の少なさを利用して、彼とその周辺の人間達は都政が牛耳ってきたのである。
 攻撃は敵の中枢を叩くのが鉄則だ。小池氏には是非、「千代田特区の廃止」を前面に掲げて戦ってほしい。世間の注目を集める事に成功すれば、都議会の多数派を牛耳る自民・公明による知事提案の棄却は大きな逆風を呼ぶだろう。逆風に恐れをなし知事提案が通れば、内田氏は確実に選挙に落選する。

 内田支配を快く思わない自民党議員は少なからずいる。公明党だって自民党の御家事情で自分達まで割を食う事を良しとはしないだろう。

 知事提案がきっかけで「いじめっ子」内田に歯向かう者が出る可能性は低くない。

 

 島しょを除き、最も少ない都民からしか支持されていない者が都政を牛耳るという醜い構造を何としてでも変えてほしい。都政の浄化を望む者として、大きな期待を寄せている。

敗因を「醜聞報道」や「知名度」に求める政党の醜さ

 東京都知事選の結果が出た。順位も事前の予想どおりで、既存政党が推す増田氏も鳥越氏も小池氏に完敗した。3位の鳥越氏に至っては小池氏とダブルスコアでの敗戦となった。

 面白いのが、一般的な常識と真逆の結果だった点だ。東京都では自民党公明党の「基礎票」が両党合わせて200万台後半、民進党共産党社民党、生活の党の基礎票が全部で200万台前半と言われていた。これが正しければ、単純計算では鳥越氏が圧勝し、次に増田氏、浮動票に加え自民票の一部を取れても小池氏は両氏に届かない。
これが、穏当な予想だ。事実、知事経験のある東国原氏は具体的数字を出して、そのように予想していた。

 しかし、現実はそうはならなかった。鳥越氏に関しては「醜聞報道が痛かった」とし、増田氏については「ライバルに比較して知名度が低かった」というのが主な敗因という事になっている。

 ふざけないでほしい。醜聞報道は小池サイドに対してもあったし、増田氏はテレビにしょっちゅう出演しており総務大臣経験者でもある。既存政党が、これを主な敗因と考えているとすれば、彼らは今回の都知事選挙の結果を受けても「我々は何一つ反省していません」と宣言しているに等しい。

 今回の増田、鳥越両候補の敗因は、「知事候補は、政策でもなければ都民の希望でもなく自分たちの都合で決める」という事を、既存政党が恥ずかしげもなく隠さなかったからではないだろうか。
 自民党東京都連が「自民党国会議員である小池氏」ではなく「党員ですらない増田氏」を選定した最大の理由は、「小池さんが、俺たち(会長の石原氏及び幹事長の内田氏)に挨拶なしに立候補した」からだ。少なくとも石原会長のメディア対応は、都民にその印象を与えた。
 野党統一候補が鳥越氏に決まったのは、国政では当分勝ち目がないので、注目度の高い都知事選挙で一矢報いたかったからだ。言い方は違うにせよ、候補者本人がそれを主張していた。鳥越氏は、選挙戦を通じてほとんど都政に関心を示さず、行政システムに対する無知もさらけ出した。

 有権者は政党のコマではない。「基礎票」など共産党公明党にしか存在しない。他の政党の支持者は、ダメな候補を立てれば既存政党をいつでも見捨てる。今回の彼らの敗因は「都民をなめ切った」からだ。
 せめて、責任(もちろん人事上の責任だ)を取れる政党だと有権者に示してほしい。

小池候補、増田候補、鳥越候補以外の候補者に投票したい方へ

 マスコミが小池氏、増田氏、鳥越氏しか取り上げなし、他の候補の公約を見るといっても知事権限を越えた「トンでも公約」もあれば、具体性のない「イメージ公約」も多いので(これは前述の3候補も同じ)、3氏以外の候補者の中で1点ずつ「傾聴に値する公約」を挙げてみました。


 挙げた基準は、①知事権限でできる事、②具体性があること、③その候補者が挙げる公約の中で最も妥当、またはマシと思われる事(これは森口の主観です)、の3点です。
 マスコミ推奨の3候補以外に票を入れたい方は是非参考にしてください。

 

中川ちょうぞう候補 「固定資産税の減税」
 固定資産税の根拠法令は法律ですが、知事権限により減額措置が可能です。東京は地価が高いので固定資産税も他の自治体とは比較にならないほど高い。ですから、固定資産税の減税は都民にとってすごくありがたい政策です。また、固定資産税が下がれば法人・個人がさらに集まり、結果的に法人関係諸税や住民税で固定資産税減税分をカバーできる可能性もあります。

 

七海ひろこ候補 「容積率緩和」
 容積率緩和は、大前研一氏の言葉を借りれば、「無」から「有」を生み出す経済政策であり、是非とも取り入れて欲しい政策です。これも根拠は法律ですが、建築基準法第52条第8項により首長権限で1.5倍まで緩和することが可能です。老朽化マンションの建て替え問題は、東京の喫緊の課題であり、これなしには乗り越える事は不可能でしょう。

 

桜井誠候補 「反日ヘイトスピーチ禁止条例」
 条例ですから、知事として提案し議会を通れば実行できます。政府が作った法律は、日本人が他民族を誹謗中傷することを禁じても、その逆は野放しです。このような不平等を許せない私のような人間にとっては素晴らしい政策です。

 

谷山雄二郎候補 「日本史必修化」
 教育問題は、自治体の裁量幅が広いので、都内公立高校で必修化する事は知事権限で可能です。ゆとり教育によって「日本史」は必修科目から外れてしまいました。「世界史」だけを学習し「日本史」を知らない人間が世に出ることに危惧を覚える私としては、これも是非推進してほしいと思います。

 

岸本雅吉候補 小中学校に農業の時間を導入
 小中学校は原則として区立なので、どこまで強制性があるか疑問が残りますが、都知事として推奨すればかなり普及すると思います。現在、教育現場では食育の重要性が叫ばれていますが、農業の時間の導入は、その先を行くものとして興味深く感じています。

 

今尾貞夫候補 「子育、教育の無料化」
 どこまでの範囲を指しているかは不明ですが、高校無料化は大阪でも実現したのですから、東京の財政力なら十分可能でしょう。それが政策的に正しいかどうかは疑問ですが。

 


マック赤坂候補 「議員の人数と報酬を1/2に削減する」
 この手の公約は誰でも簡単に言いますが、首都東京で万一実現できれば、大きなインパクトがあるでしょう。でも、おそらく議会は通らないと思います。

 

上杉隆候補 「知事給与ゼロ」
 鳥越氏と並んで、ジャーナリストって本当に見るべき公約がないのだと思いました。私は上杉氏のいかがわしさが好きだっただけに残念です。彼の公約の中では、知事になったら給与返上するというのだけが、可能で、かつ具体性がありました。

 

内藤久遠候補 「24時間対応のお悩み・苦情相談室の設置」
 知事の公約としてはどうなの?というレベルですが、一応、知事の権限内ですし具体性もあります。実現しても完全な無駄にはならないと思います。

 

これ以外の候補の方々の公約は、申し訳ありませんが、知事権限または具体性という点で、私には理解できませんでした。

 

鳥越リスクを顕在化させてはならない

 文春砲の威力と本人の対応のまずさにより、鳥越俊太郎氏が都知事になる可能性は相当減ったと思われる。しかし、共産党という最強の固定票に支えられている上に、今回の報道について陰謀論を信じる層の積み増しもあるので、まだまだ当選可能性の高い有力候補である事には変わりはない。
そこで、鳥越氏が都知事になる事で生じる危険性=鳥越リスクを提示しておきたい。

 

1 東京が沖縄と並ぶ反日情報の発信基地になる。

 沖縄の翁長知事は国連に出かけて行って、日本政府の対応の酷さを訴えている。知事が政府に対して地元住民の要望をするのは当然だが、政府を飛び越えて国際社会に訴えるという手法は明らかに異常だ。このような異常手段が許されるのは、①独裁国家による人権弾圧状況が存在し民主的手続きの道がない ②少数民族への差別が存在し民主的手続きでは少数民族圧迫を是正できない といった特殊事情がある場合だけだ。
 日本人で沖縄県民を異民族と考える人はほとんどいないと思うが、翁長氏の行動は「我々沖縄県民は日本人に虐げられている少数民族である」と言っているに等しい。その翁長氏の行動に鳥越都知事が加われば、圧政を敷く日本民族の側からも良心派が現れたと映るだろう。
 これは日本を貶めたい人々が喝采するだけでなく、沖縄に領土的野望を抱くチャイナを利することになるだろう。鳥越都知事の誕生は東京都民だけでなく、沖縄県民にとっても不幸の種なのだ。

 

2 財政破綻の可能性が拡大する

 東京都は、安倍政権誕生以降の景気浮上によって、今のところ財政状況は順調である。しかし、東京都の財政は他の自治体に比較して法人関係の税に依存する率が高く、景気の良し悪しにより大きな影響を受ける。そのため、好景気の時にはなるべく基金(自治体の貯金みたいなもの)を設立し、不況期にそれを吐き出すという財政運営手法が不可欠である。
 ところが、その基金を好景気の現在、吐き出して福祉に回せというのが共産党の主張である。
 これまでは、共産党の主張など都の役人は一切聞く耳を持たなかったが、共産党に担がれた知事が誕生すれば、その要求に屈する可能性は少なくない。そのような財政運営をすれば、次の不況の波が来たときには東京都の財政は直ちに破綻するだろう。
 まだ高度成長期にあった美濃部都政(最後は与党は共産党だけ)ですら破綻しかけたのが、革新自治体の恐ろしさなのである。

 

3 特別秘書による独裁政治が行われる

 鳥越俊太郎氏に役人を使いこなせる力量があるとは思えないが、切れ者でかつ手法の荒っぽい人物を特別秘書に据えた場合、その人物による独裁政治が行われる危険性がゼロではない。
 事実、石原都政初期には石原氏の腹心の浜渦氏により、都庁は完全に牛耳られていた(ちなみに、それを是正するために動いたのが現在のドン=内田都議である)。石原都政の場合、一橋総研というブレーン機関があり、そこが提案する政策を実行するために抵抗勢力=都庁幹部を黙らせる必要があったが、鳥越氏が知事になったら推進される政策はおそらく福祉バラマキだろう。

 財政破綻への道のために都庁内に独裁がまかり通るとしたら、もはや喜劇である。

 


 これらの鳥越リスクは、今でも完全には消えていない。それが顕在化しないためには、都民の見識に期待するしかないのである。

憲法改正の落としどころ

戦後70年を経てようやく日本国憲法を変えられる可能性が出てきました。

 私は、安倍政権の間に何としても憲法を改正すべきだと考えていますが、その理由と改正の落としどころを考えてみたいと思います。

日本国憲法改正が必要な理由

1 憲法が議会制民主主義の正常な機能を阻んでいる
 朝日新聞共産党民進党の人達が言うように立憲主義とは憲法によって権力を制約する考え方です(ここまでは彼らは正しい)。では、その権力の源はどこにあるのでしょう。もちろん、日本は民主主義国家ですから私たち国民です。つまり、民主主義国家における憲法とは民主主義の暴走を抑えるためにあるのです(ここまで言わないから彼らは嘘つきなのです)。
 民主的な手続きによる結論が常に正しいとは限りません。ですから、ある時点の議会内多数派によって決められる法律よりも、憲法を上位に置き、さらに憲法の改正手続きを困難にしておいて、民主主義の暴走により変な法律が生まれないようにしておくのです(これを「硬性憲法」といいます)。民主主義システムを採用する先進国は大抵、このような硬性憲法を有しています。
 それでも日本以外の先進国では時々世の中の情勢に合わせて憲法を変更しています。それは、その国にとって丁度良い「硬さ=変更のしにくさ」だからです。それに対して日本国憲法は「硬すぎる=変更しづらすぎる」のです
 ご存知のように日本国憲法GHQが作ったものです。しかし、彼らは日本国憲法がこれほど硬くなるとは思いませんでした。何故か?彼らの母国は完全小選挙区制でかつ2大政党制です。そのうえ党議拘束もありません。ですから、世論が傾けば2/3の議員が発議することなど容易いのです(実際アメリカも両院の2/3の賛成で発議をします)。
 ところが、日本は当時、中選挙区制を採用しており、そのうえ各政党は党議拘束をかけるので、各議員は自由な投票行動を取れません。その結果、1/3の議員が反対し続けるだけで、国民に憲法の正しさを判断する機会さえ与えられないという、非民主的な事態が生じてしまったのです。
 言うまでもなく憲法は国民のものです。ヨーロッパに近い選挙制度を続けるならヨーロッパ程度の固さ(フランス:両院の過半数+国民投票又は両院合同会議で3/5、スペイン:両院の6割、デンマーク:選挙前後で2回の多数決)にすべきです。日本と同程度の硬さなのは同じ敗戦国のドイツだけですが、その代わりにドイツは「戦う民主主義」という政策を取っており、日本共産党などは非合法政党になります。そして実際50回以上改正をしています。
 ですから、まずは改正手続き条項を改正して、せめて「両院の3/5で発議できる」ようにしないと、議会制民主主義(討論と妥協と多数決)が機能しないのです。1/3を守るためだけに「誹謗中傷」と「罵り合い」をし、最後は「強行採決」できまるというレベルの低い民主主義を脱却するために、憲法を国民の手に取り戻しましょう。

2 変化する国際情勢に対処できない
 憲法9条は第1項で侵略戦争を否定し、第2項でそのための「戦力の不保持」を規定しています。それなのに何故、自衛隊を持つことが可能なのかと言いますと、内閣法制局は「自衛隊は最低限の実力であって戦力ではない」という解釈をしているからです。この解釈は設立当初の弱小な自衛隊の時には通用したでしょうが、武器によっては世界有数の能力を持つ現在の自衛隊には通用しません。
9条第2項は「前項の目的を達するため」という文言が入っています。これは芦田均という人がGHQの目を盗み、将来の日本が独立した時のために入れた文言です(芦田修正といいます)。もちろん、その意図は「侵略戦争のための戦力は持たないが、自衛のための戦力は持つ」と言うためです。内閣法制局は、先人の努力に敬意を表し、早急に芦田氏の意図通りに解釈を改めるべきです。この解釈によって自衛隊はあらゆる武器(例:巡行ミサイル)を保有することが可能になり、単独で大きな抑止力を持てます。ここまでは憲法変更の必要はありません。
最後に残る問題は、第2項の最終文。「国の交戦権は、これを認めない」です。これだけは、どうしても削除する必要があります。なぜなら、この条文のせいで日本の自衛官は「正当防衛」でしか、敵国軍を攻撃することができないからです。今、中国が実際に領海や領空を頻繁に侵しています。本来ならば、そういう場合は警告して、それでも引かない時には、攻撃を加えなければなりません。
これで戦争が起きるような事は通常ありません。フィリピンのような弱小国でも中国船を沈めていますし、トルコでさえロシア機を撃墜しています。ところが、日本の自衛隊だけは相手が撃たないかぎり、領空領海を侵されても何もできないのです。それでも今までは、警告をすれば中国軍は引いていましたが、近年は逆に攻撃を仕掛けてくるようになりました(背後に回る、ロックオンする等)。私たちは、自国内で自衛官の手足を縛り、その命を盾にして、偽りの平和を守っているのです(実際は漁業権を侵され、拉致されているので平和ではないのですが)。また、北朝鮮核兵器を日本に撃ちそうだとしても、実際に撃つまで迎撃できません。
この状態を是正するためには第2項の最終文だけは削除する必要があります。

3 新しい人権に対処できない
 憲法が制定されて以降、環境権やプライバシー権、情報アクセス権など様々な人権が提起されてきましたが、日本国憲法には一文もそれらを保障する文言がありません。生存権(25条)や幸福追求権(13条)を援用して、これらを認める見解もありますが、そろそろ限界です。とりわけ情報アクセス権は、第4の権力とも言うべきマスメディアとの関係で、広く国民に認められるべき権利です。記者クラブという特権的な場所で、役人にサマリーを造ってもらって情報を垂れ流す。日本のメディアは、第二次世界大戦当時の大本営発表を垂れ流した新聞から、ほとんど進化していません。違うのは自民党政権の時には反体制ポーズをとるところだけです(政権がもっと独裁的な政権になれば、きっとそのポーズさえ取らなくなるでしょう)。
 こういうメディアしか持たない不幸を是正するために、国民が公権力にマスコミ同様、アクセスできる権利を憲法上保障する必要があります。現在も情報公開法や情報公開条例が存在しますが、それに携わっていた者として断言できるのは、役所の都合で情報などいくらでも隠せるという事です。それに一矢報いる武器になるのが憲法への追加だと思っています。

 以上、改正条項の改正、9条2項の一部削除、新しい権利(特に情報アクセス権)の新設。とりあえずは、この3つだけでも十分ではないでしょうか。
 国民に憲法改正も含めた民主主義を取り戻し、自衛隊による最低限の国土防衛を可能にし、21世紀にふさわしい人権を書き込む。
 極左の方々を除き、保守派もリベラル派もそれなりに納得でき、それなりに不満が残る内容だとは思います。でも民主主義社会の結論とはそういうものであり、その気持ち悪さに耐えることが成熟した民主主義を生むのだと思っています。