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教育再生会議の役割 その2

教育再生会議のメンバーに「教育学者」と「公立学校教諭」が存在しないこと。

これをどのように捉えるべきかは、重大な問題です。


私の立場(保守派)からの答えは明確です。

教育学者と公立学校教諭が社会から信用されていないから、です。
だから、このようないびつなメンバー構成の会議が是認される。


多くの教員や教育学者たちは、新学力観やゆとり教育で子どもたちの学力が下がっていくのを指をくわえてみていました(私に言わせればですが)。

東大の刈谷氏が、ようやく「格差社会」というフィルターをかませることで、
この問題に言及しましたが、時すでに遅しです。

1990年代後半からの「学力低下論争」をリードしたのは、和田秀樹氏、中山治氏、
西村和雄氏など教育学者以外の人間でした(森口もその末端にいたと自負しています)。


国民の健康状態が悪化しているとしたら、その事実を真っ先に国民に知らせるべきは誰か。

医療現場にいる者と医学の研究者です。


では、子どもの学力が低下している事実を真っ先に国民に知らせるべきは誰か。

もちろん、学校現場にいる教員と教育学者です。

だが、彼らはその義務を怠った。



教育再生会議に公立学校教諭も教育学者もいないことを、彼ら以外の誰も問題にしないのは当然である、と言ったら言い過ぎでしょうか。


しかし、それでも私は彼らの存在しない会議は無意味だと思っています。


ゆとり教育との決別を宣言しました。
今後の教育政策は学力向上へと大きくシフトするはずです。

その際に、どんな弊害が起きているか、どうすれば防げるか等々
現場と研究者の声を聞きながら施策を進める必要性が今こそ高まっているのです。