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スクールカーストは他人事ではない その3

様々なブログなどで言われているように、スクールカーストを決定づけるのに最重要な要素は「コミュニケーション能力」です。

「いじめの構造」(新潮新書)において、私はコミュニケーション能力を「自己主張力」「(対人)共感力」「(ノリへの)同調力」に分解することができるのではないか、という説を発表しました。


コミュニケーションは(自己)と(他者)との意思疎通が基本になりますから、


第1には自分を相手に伝える一人称の能力=「自己主張力」
次に、目の前の相手と分かり合える二人称の能力=「(対人)共感力」
最後に、第三者と意思疎通する(場の空気を読む)能力=「(ノリ)同調力」

が総合的に備わっていて初めてコミュニケーション能力があると考えたのです。


コミュニケーション能力とは人が人として生きていくために必要な最も基礎的な能力です。

そして、「オタク」と呼ばれる人たちはこの能力が低く、それゆえスクールカースト上低い地位=Cクラスに位置づけられる、という言説があります。


しかし、私は「オタク」が一概にコミュニケーション能力が低いというのはどうも違う気がするのです。


オタクに決定的に欠落しているのは、コミュニケーション能力ではなく、青年期男性にありがちな「ファックコミュニケーション」の作法ではないでしょうか。

多くの男性は、一時期ファックコミュニケーション(口汚さによって親しさを共感しあうコミュニケーションスタイル)にはまります。
しかし、中には躾・知性・教養・礼儀正しさ・気恥ずかしさなどがじゃまをして、ファックコミュニケーションをとれない人がいます。

私は、オタクの中にこのタイプの人が非常に多いのではないかと感じています。

 ※ オタクという言葉は、彼ら特定の趣味に没入する人たちが、互いを「オタク」と呼び合ったことが語源だとされています。
これは、思春期の若者たちとしては、相当に丁寧な言葉遣いと言えるでしょう。


では、ファックコミュニケーションができないことが、人生において最後まで不利に働くのでしょうか。
決してそんなことはありません。

「モテ・非モテ」でいうなら女性がファックコミュニケーションを嬉しがる(あるいは許容する)のは、その人の知性にもよるでしょうが、せいぜい十代までです。
歳を重ねれば重ねるほど、あるいは相手女性の知性や社会的なステイタスが高くなればなるほど、ファックコミュニケーションよりもジェントリーな態度の方が有利に働くようになります。


でも、我々の周りには、十代にモテてしまったが故に、そのスタイルを変更できないイタイおっさんがゴロゴロいます。

その手のおっさんは、会社の女子社員相手に軽口を叩いてウラで軽蔑されていたり、オミズの女性のカネヅルになっていたりと、本当に惨めです。


それでも社会人の間は、地位や金のお陰でそれなりに相手にしてもらえますが、老人になるといよいよ誰にも相手にしてもらえなくなります。

老人カーストCの誕生です。


オタクは、その逆コースを歩けるのではないか(あくまで可能性ですけど)。

などということを最近本気で考えています。