読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

せめて子どもだけでも

私の勤める東京都をはじめとして多くの自治体が、福島県からの避難者や疎開児童などを受け入れる用意をしています。
しかし、私が予想したよりもはるかに少数の方々しか故郷を離れる選択をしないようです。


多くの人はふるさとを愛しています。
たとえ、その土地が放射能で汚染されていようとも。
ですから、福島の人達の大多数がその地を離れないのは、よく理解できます。
仕事だってある訳ですから。


でも、せめて子どもだけは原発疎開をさせるべきだと私は考えます。
もちろん、東電や国や自治体の費用でです。

放射線の影響は発ガン率や奇形出産率の上昇という形でこの先何年後、何十年後かに表れる可能性があります。


そのリスクを福島の子どもたちに負わせてよいのでしょうか。

放射線は年間1ミリシーベルト以上浴びると危険だとか、100ミリシーベルトまでは大丈夫だとか、とてもアバウトな表現がメディアやネット内を駆け巡っています。
政府は大人も子ども20ミリシーベルトの被爆までは甘受させる方針を採ったようです。

私はこの方針に断固反対します。
大人と子どもは絶対に分けるべきです。

理由は以下のとおりです。

(1) 現在、年間100ミリシーベルトを超える放射線被爆をした時に健康被害の発生確率が上昇することが判っています。

(2) 放射線に限らず、化学物質などでも危険性が証明された量の100分の1を規制値とするのが世界の常識です。
   なぜなら安全の証明は不可能だからです(いわゆる「悪魔の証明」です)。
   そのため危険性が証明された量の100分の1をもって安全とみなすのです。
   今まで年間被爆量(自然界からの放射線を除く)の規制値が1ミリシーベルトだったのは、そういう意味です。

(3) しかし、100ミリシーベルトというのは現在の科学ではという限定付です。将来、50ミリシーベルトや20ミリシーベルト以上の被爆で健康被害が生じることが証明される可能性は決して低くありません(何せ日本という世界の研究者垂涎の実験場が誕生したのですから)。

(4) 大人は現在の科学情報を基礎に自己の判断で行動できます。
   100ミリ以上が危険と判っているのだから、それ以下なら良いやと考えて行動するも、今までの常識に基づき1ミリ以下のところに退避するも、政府を信じて20ミリ以下なら大丈夫と思って行動するも、他の要因(経済的なことや、故郷への愛情など)も踏まえて最後は自分で判断することです。


(5) しかし、子どもは自己の判断において居住場所を決定することはできません。

(6) その上、細胞分裂が盛んで、余命の長い子どもにとって放射線のリスクは大人よりはるかに高いと予測できます。

(7) しかも、学校給食には地産地消という考え方が強固にあるので、福島県の子どもは福島県で取れたものを食べる可能性が高いはずです。規制値以下といえども放射性物質を含んでいるものを食べる可能性は他地域の子どもよりはるかに高くなるのです。
 つまり、彼らは20ミリ以下の外部被爆に加えて、学校給食を通じて内部被爆することになります
 
 以上、子どものリスクは大人の比ではなく高いのです。

(8) これに対して、子どもの方が精神的な柔軟性が高く、居住場所の変更に伴う精神的負担は大人に比較すれば少なくてすみます。

(9) さらに、子どもだけの疎開なら、福島県の経済活動に大きな負担はありません。

 これらすべてを考え合わせると、せめて子どもだけは原発疎開をさせるべきだと思うのです。


 自国の子どもを守る責務は、政治的な心情に関係ありません。

 普段「子どもは国の宝」とおっしゃっている保守系の方々からでも、「子どもの人権」を声高に叫んでいる左の人でも、どちらでも良いから、どんどん原発疎開の声が上がることを期待しています。
 大阪の橋下府知事は、大阪府庁に勤める友人は嫌悪しておりますが、早々と疎開受入を表明したところなんぞは、さすがと感じました。
 これに対して石原都知事は、実際には疎開受入を行っているのに、メディアでは完全に悪者扱いです。作家なのに言葉使いが乱暴だからなぁ…ちょっと、もったいないです。
 で、国の政治家たち。本当にダメダメですね。右も左も。