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共産党支持者の知的劣化と共産党の存在意義

「左」と「右」の対立が、「理想主義」と「現実主義」の対立だと思われていた時代がありました。

日本の半数以上の人が、左の主張は正しいと信じていたのです。

実際の投票行動は、「正しい主張に賛同」する人もいれば、「現実は正しいことだけではない」と思って現実的な政党に入れる人もいました。

その時代にあって、常に筋の通った、断トツに正しい主張をしているのが共産党でした。

そんな共産党の支持者は、消滅した社会党と比較してインテリ比率もはるかに高かったのです。


東大卒から尋常学校卒までいた首都圏地方公務員の世界では、少し話せば彼が「共産党系左翼」か「社会党系左翼」かを判別できたほどです。


しかし、社会党は消滅し、その末裔の社民党新左翼の残党が「社会民主主義」を標榜するインチキ政党に成り果て、今では地方選挙でも議席がとれないミニ政党になりました。また、一部の社会党残党は、出自を隠して民主党の中に身を潜めています。


ということで、共産党は左翼であることを隠さない唯一の政党になりました。
めでたし、めでたし。


でも、そのせいでしょうか。共産党の支持者は、かつての社会党支持者並みの知的弱者ばかりになったようです。
ソ連崩壊以降、共産党シンパだった学者たちの多くは、共産党と距離を置き始めました。
東大を初めとした一流大学の民青も今ではメンバーが集まりません。
町で共産党のビラを配っているのはご老人ばかりです。


現在の共産党支持者の知的水準が如何に低いかは、本ブログの書き込みを見ても判ります。

私は、

「アンチ議会主義」=「暴力革命肯定」ではない、という反論が来ることを多少期待していました。

※これは論理的には正しい反論です。共産党の以前の方針は「暴力革命肯定」=「アンチ議会主義」でした。しかし、この命題が真でも逆が真とは限りません。
ただ、歴史的な推論を覆す主張=現在も何ゆえ共産党は「アンチ議会主義」なのかを説明しない限り反論としては弱いと思いますが。

あるいは55年からの綱領の変遷を根拠に、2段階革命論に転換した共産党の正しさを主張する方もいるかななどと思っていました。

※もちろん、自分のブログでです。長い書き込みはルール違反です。

しかし、実際はそのような方はまったくおらず、普段閑散としている私のブログに
2ちゃんねる並みの汚い言葉で書き込むだけ、人によっては「卑劣」という人格非難までする有様でした。

あの、非常識ながらも知的で筋の通っていた共産党はどこにいったのでしょう。


よくよく考えればそれも仕方ないのかも知れません。

堂々とした左翼政党が共産党しかなくなった現在、社会党顕在時代ならば社会党支持者になっていたであろう、
(1)「平和、平和」と叫べば平和になると信じる人
(2)反原発というだけで正義の味方と信じる人
(3)福祉政策の恩恵に浴したいだけの人
(4)さぼりたいだけで何の使命感もない一部の公務員
等々も今では、みんな共産党支持者にならざるを得ないのでしょう。


ということで、共産党支持者には本当にがっかりですが、それでも私はこの政党には、なお一定の存在意義があると思っています。
保守派を自認する私が書くのもおかしなことかも知れませんが、それを列挙しておきたいと思います。

(1)他の会派と馴れ合わない(今回の大阪は別だけど)
 例えば、田舎の市議会などで共産党が一議席持つと、次の年から「海外視察」がなくなるなど目を見張る改善が起きることがあります。

(2)行政と馴れ合わない
 国会でも地方議会でも議員は質問する前に「質問通告」をします。でも、共産党は他の政党と違って具体的な内容を示しません。したがって議員と行政がガチンコで言い合うことになります。
ですから、田舎の市議会などで共産党議員が一人誕生すると議会が活気付くことがあります(役人はその分大変になりますが)。

(3)部落解放同盟と本気で戦う
 部落解放同盟に対してはどの政党も及び腰です。しかし「正義の味方」である共産党は、彼らとも本気で戦います。
 ※私はこの点についてだけは、ほとんど共産党ファンでさえあります。


本ブログへの書き込みを見て、共産党の存在意義も書いてあげたい気になりました。

明日は府知事選の告示日です。
ブログ記事もビラになるという時代遅れな官憲が支配する日本に住んでいるので、政治ネタは当分お休みにします。

大阪府大阪市の住民の方々が、日本一のダメな町であり続けることを選択するのか
それとも変ることにチャレンジするのか。
それを東京から見守りたいと思います。