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実は生活保護歓迎の構造

 生活保護問題を受給者視点でしか語れない人がいます。そうなると13万円でも生活が苦しいといった話になります。
 ところがそれを支える納税者の視点が加わると、最低賃金で働くよりも高額なのはいかがなものか、自分達の老後生活を支える国民年金よりもはるかに高額なのはおかしいという考えが出てきます。


 何事もそうですが、ある問題を考える際には視点を変えてみることが大切です。

 生活保護に関わる役人問題も同様です。生活保護と公務員の関係を考える時、現在は、窓口の人達の苦労や予算が年々増え続けて足りないといった視点でしか語られません。


 窓口の人の苦労にも絡みますが、今回は予算という視点から考えてみましょう。


 生活保護に要する費用は国が4分の3を負担してくれます。平成24年度予算で厚生労働省はその費用を2兆7924億円見込んでいます。
 これは国全体ですから、実際には近年の傾向を踏まえて厚生労働省は東京はこれくらい、大阪はこれくらい、○○県はこれくらいといった見積もりをしているんですね。


 で、各県の執行が国の予測の範囲内なら良いのですが、それを上回るようだと厚生労働省の役人は都道府県の役人に対して「こら!お前んとこの生活保護管理はどうなっとんじゃ。窓口で適正な指導やっとんのか!」(もっと口調は丁寧ですが)と恫喝します。
 この関係は都道府県と市町村、市役所内でも基本的に同じです。都道府県の福祉予算を統括する役人は市町村の役人に、市町村の福祉予算を統括する役人は窓口の役人に予算内におさめるよう「指導」します。


 最後にケツを拭くのは現場というのがどこの世界おお決まりで、窓口の人達は何とか予算内におさめようと四苦八苦する。いきおい強く出れば申請を諦めてくれそうな人により強くでて帳尻を合わせよう、なんて人が出てきます(もちろん、そんな中で公正に仕事に励んでいる人も大勢います)。



 ここまでは報道されている(あんまりしていなか?)通り。


 でも、これは役人の習性を短期的に捉えた場合です。


 中長期的に見ると、4分の3も国庫が負担してくれる事業なんてそうはない。国直轄の公共事業だって自治体は3分の1(つまり、国庫は3分の2)を負担しています。そして、その公共事業をもらうために自治体は政治家総動員で国にお願いするのです。


 その上、生活保護費は全国規模のゼネコンがごっそり持っていく公共事業と違ってほとんど「金が地域に落ちる」のです。


 つまり、地方自治体の役人的視点でいうと、生活保護は予算執行ベースでは「かつかつで厳しい」仕事だけど、予算要求ベースで言えば「どんどん予算をつけたい」おいしい仕事なのです。

 そのせいでしょうか、この厳しい財政事情の中で生活保護費は予算ベースで毎年増えています(平成22年度補正後2兆4211億円、平成23年度予算2兆5676億円、平成24年度2兆7924億円:厚生労働省分)。


 ですから、受給者サイドからこの問題を洗いなおすことも大切ですが、支給者サイドの問題として、受給額を減らすためのインセンティブを考える必要があるのです。


 私としては、国庫負担という制度をやめて、都道府県も関与せず、その分の財源を市町村に渡すのが最良の策だと思っています。そうすれば、受給者や受給額を適正にすることで浮いた予算を○○に使えるとなるので、市町村全体で真面目にこの問題に取り組むでしょう。
 保護義務者の範囲や受給額も基本的には地域の実情や住民感情を考慮して自治体が決めればよい。それがあまりに酷いと思うならば受給者が行政訴訟を起こせばよいのではないでしょうか。



 県民一人当たりの所得が少ない地域の方々の税金を、アベレージで見ればまだまだ豊かな大阪に大量に投入している現在の制度は異常であり、そこの部分を見直すのは急務だと私は思うのです。